rak mark thailand

美容、ランチ、タイのこと

過呼吸で倒れて救急車に乗って、、、

仕事が終わり、電車にのり、おりて、

お腹がすいて1人でパスタを食べ、

また電車に乗り。。。

 

 

 

 

人の多さや

色んなことが不安になり

考えたら

どんどんどんどん具合が悪くなり

過呼吸になり、

物凄く怖くて次の駅で降り

 

 

はじめて過呼吸になったときは「過換気症候群」や「パニック障害」という病名すらしらなかった私。

 

またあの怖さが襲ったらどうしよう、という不安障害が常にあり

 

「怖さ」「狭さ」「大きい声」「見えない不安」「飛行機」「満員電車」

それに気がついてしまうと今でも動悸がして呼吸が出来なくなります

 

 

重度ではなくどちらかといえば世の中のパニック障害のかたよりテタニーもないので比較的軽度だと思っています

 

最近は大きな波も克服出来たはずで。

 

 

しかし久しぶりに大きな波がきてしまって、

座り込んでこわくてこわくて

駅員さんにどう声をかけたか、

かけられたか覚えていないけれど

車椅子にのせてもらい、

でもいまは(コロナ禍で)

救護室は人は受け入れられないと言われ

 

 

 

救護室のそとの

パーテーションで仕切られた場所で

状況や名前を言い、

まもなくついた救急車にのりました

 

 

 

 

手持ちの頓服のデパスをのみ、

救急車がとまった状態で受け入れ先の病院へ電話を救急隊のかたがかけていました

 

 

 

ぼんやりやりとりを聞いていた私

 

 

しかし、、、

見つからない

 

3件目でも、、みつからない

受け入れ先の病院が全く見つからない  

 

「こんなに見つからないものなんですか??」と、

本当の大怪我をしていたり、

重病のかたはどうなるのか??と

思い恐る恐る聞くと

 

「出血していても、呼吸が止まっていても受け入れ先がすぐに見つからないときもあります。

 

3件くらいで見つからないのもけして珍しいことではないんです。」

 

とのこと

 

。。。。。それって、、

怖くないですか💦

 

 

 

 

私は小学1年生のころ、

登校中に思い切り転び、

顔面を強打し、

石がオデコにはまって

救急隊で運ばれたことがあります。

 

 

 

 

あの頃もこんなふうに

受け入れ先が見つからなかったのかな。。。

 

当時私が手術を受けている間、

心配性の母まで貧血になってしまい、

ふたりで並んで寝かされていたことだけは覚えていて、、、

 

 

 

 

 

 

今はコロナで色んな状況であることを救急隊の方が話してくれて、そうしたらなんだか申し訳ないやら情けないやら、、

 

 

そして話していたら少し回復してきたので、

まだ救急車は出発していなかったので

降りてかえることにしました

 

 

医療機関が切迫しているときに

私は一体なんて馬鹿で情けないんでしょう

 

 

 

何度も何度も何度も何度も

こんなときにすみませんと泣きながら謝りました

 

 

何かあったときのため1枚だけ撮った画像
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過呼吸は長引かないから、山を超えれば元気になる

 

それは分かっていて気持ちを落ち着かせることもコントロール出来るようになったほうだと思います

 

 

それでも。。。

降りれない電車や飛行機は、

はじめて過呼吸になった15年ほど前からいまだに怖いです

 

 

 

電車の人身事故などでの

「緊急停車します」の声と急ブレーキが世の中で一番怖い私

 

駅と駅の間で停まってしまったら逃げられない

 

それが怖いんです

 

例えばホームで停まってしまったら、ドアを叩けば降りられる

でも「未動きとれない」のが怖いんです

 

 

 

線路立ち入りとか

人身事故とか

イタズラで石を投げ込むとか

本当に心臓に悪いのでどうかやめてほしいです

 

 

 

こんな世の中のなか、救急車をよんでもらい、のせてもらい、話をきいてもらって、おりて、つくづく情けないのに。。。

 

何かあったら救急車呼んでくれればいいですよ!大丈夫!!と優しすぎる救急隊のかたたちでした

 

もう少し強くならなくては。。。